2017年6月23日金曜日

 朝日新聞「折々の言葉」を使ったメッセージ集(2017年3月から6月)

 2017年3月~5月は、私が集団ストーカー被害を訴える動画を作って投稿、宣伝活動を活発化させていた時期である。
 当時、通勤退社時の付きまといアピール(毎回色々な車が前に出てきて同じ行動をとるなど)が続いていた一方、メディアストーカーは退潮気味になっていたので、「ここで公開しないと、いつ話を聞いてもらえるのか」と思い、一生懸命になって投稿などしていたが、実を言うと彼らは朝日新聞の鷲田のコラムを使って私を応援し、煽ってもいた。
 それは、私を応援することで「罠か?」とパラノイアのようにして自粛させるためでもあったかと思える。

 5月の投稿以降、私の周知活動は休眠状態になっているが、それと同期するように彼らの通勤退社時の付きまといアピールも退潮していった。集団ストーカーが終わったのか?そう思えなくもないほどだった。
 だが、その一方で朝日新聞の鷲田のコラムは連日のように盗撮仄めかしを続けてきている状況である。
 以下で説明する。

 まず、ごく最近の状況から。
 というのも、ここまであからさまに連日仄めかしをするのは過去にも無かった(?)と思われるからだ。


6月8日 私のノート
 思えば私の人生で一番心に残った想いは「壮大な無駄」ということかもしれません。勉強も無駄、人の為も無駄、自分の為も無駄、会社の為も無駄、社会の為も無駄、~~(省略)全部無駄に終わっている。

6月9日 朝日新聞の鷲田のコラム「折々の言葉」
 無駄な時間は決して無駄ではない。 小林孝亘
 長らくバンコクと東京を制作拠点とし、顔やまくらや食器など日常のありふれた事物からシンプルで幻想的なイメージを紡ぎだしてきた画家は、「意味」が消え別の何かが見えてくるまで待つ、その無駄な時間が画には欠かせないと言う。
何かを無駄とする思考に対し、無駄」とはどういうことかと問い返すのは無駄ではない。著書「ふつうの暮らし、当たり前の絵」から。

6月10日 私のノート
 死・自滅作戦も無駄

6月13日 朝日新聞の鷲田のコラム「折々の言葉」
 私は自分の人生を棒に振れなかった、ということだろう。今夜は牛の死体を食うた。 車谷長吉
 (省略)肉を「死体」と記すなど次々と来る手紙の「ただならぬ気配」と「細い神経」に戸惑い、すぐに返事を出せなかった


※「すぐに返事を出せなかった」とは何にかかる言葉なのか…。完全に私宛ではないか?日付を参照。


6月14日 朝日新聞の鷲田のコラム「折々の言葉」
 必要以上に自分のことを否定しないこと。自分を否定しているうちは何も変わらないので。

※まだ励まして来ている。

6月14日 私のノート
 日本も昔は私的繋がりが深かったはず。
 今は公的組織はそのままに、私的組織だけが滅びたというのか?
 
6月15日 朝日新聞の鷲田のコラム「折々の言葉」
 おい、ヒマやろ……ヒマなはずや。 木村重信
 美術史の教授からこう畳みかけられた若き日の陶芸家、柳原睦夫は、ある公園の仕事を回された。当日なんと教授が会場にいる。その後、家に連れていかれ、たらふくご馳走になる。そして今晩も泊まれと。強引な教授、実は若い作家の暮らし向きを案じ、世に必死で売り込もうとしたのかも。昔はこんな面倒のみかたがあった。91歳で逝った木村を偲ぶ会での柳原の回想から。

※朝日新聞は籠池、加計問題と、全力で首相の私的関係を追及しているのにこのような文章。

6月17日 朝日新聞の鷲田のコラム「折々の言葉」
 町内会的なコミュニティを包み込んで維持する、その力を持つのが宗教だ。
                  橋本治

※私の発言に会うような形に修正。
 ついでに加計問題の自爆にならないよう配慮か?

6月17日 私のノート
 (記述無し)

6月18日 朝日新聞の鷲田のコラム「折々の言葉」
 誰かが見ているという意識を根拠にして、だからやらないんだという振舞い方は、私はちゃんと残しておいていい人間の姿だと思う。 村上陽一郎
 「お天道様」でも市井の人でもいい、自分より優れた存在のまなざしを感じるということが、これだけはすまい、やりたくてもやらないという感覚を育む。「世間をさげすんで孤高を誇るのではなく、世間に埋もれながら自分を高く持する」ために教養はある(略)。

※何も書かなかったことまでネタにしてくる執拗さ。
 そして、自分たちのことを「優れた存在」と暗に言い出すなど、神経を逆なでするような要素が入る。

6月22日 私のノート
 もはや自分をいたわるようなことしか言えない。私は痛めつけられ、苦しんでいる。この緊急性は必要ということと密接に結びつく。
 荒れ狂う太陽が痛々しいほどに輝き昇り、大地はひび割れて色を失う。
 私は疲れ果て、眠るような眼をしている。
 暗く冷たい夜を照らす濡れた月を見やるが、大地は熱を持っている。戻らない。

6月23日 朝日新聞の鷲田のコラム「折々の言葉」
 音楽が音楽であるのは、それを音楽と受け取る耳があるからだ。 相倉久人
 (省略)音楽は、奏でる人、聞こえる音と、それに耳を傾ける人の共同作業としてある。このことは、深い悲しみの中に沈む人の語りについても言える。言葉は、聴く人の、祈るようにして待つ耳があってはじめて、ぽろりとこぼれ落ちる。

 ※音楽の話が何故か「深い悲しみの中に沈む人の語りについて」の話になり、私の悲しみを「祈るように待」っていた、と言いたいかのような文章。
 しかも「音楽が音楽であるのは、それを音楽と受け取る耳があるから」などと、私の文章を娯楽扱いしているかのような状況をおもわせる。


 何をされているのか分かるだろうか?
 滅茶苦茶盗撮してきているグループに、新聞のコラムというルートを使ってメッセージを送られ続けている。
 しかも、その内容は私のプライバシー侵害を知らせるだけでなく、「自分たちは優れている」とか「もっとちゃんとしろよ」的な煽りを入れている。神経を逆なでするような文章は、見方によっては私を励ましているかのようなものもあるが、時にはそう受け取られないよう配慮すらしている。特に6月23日の内容は、私が弱気なことを言うのを喜んでるかのようである。
 また、ここでは紹介しなかったが、私に被害公開を促すような内容が多いことも特徴である。

 私のノートとは、私が盗撮されないよう3年前からベッドの上で書いている日記である。
 ここに至って私はかなり高精度の盗撮器が部屋に仕掛けられていると確信せざるを得ないが、目に見えるところには無いし、机やエアコンを破壊すると面倒なことになりそうで恐ろしい。
 今まで17年間あるが、これほど分かりやすいことを2週間以上もずっと続けてくることは無かった。私に「統合失調症」と思わせられなかったから、あからさまで全然かまわないということだろう。



 以下、それ以前の仄めかしを記述する。



 3月20日 私のPCのメモ帳
「(周知動画は)マニアック向けに作った 人に親切にしたくないんで」

 3月21日 「折々の言葉」
「自己犠牲による八つ当たりの代わりに、N女たちは自己主張による問題の社会科を図っている。(省略)何もしない人を敵視しがちになるが、(略)やりきれなさを抱え込まずに、人々に伝わる言葉に置き換え、社会を変える行動に落とし込む」 

 3月21日、私がメモ帳を書き足して違う内容にすると、
 3月22日 「折々の言葉」
 「人の言葉は揺れる。~~略~~状況次第で、その筋書きも事実とは真反対に歪むことがある~」となるなど、盗聴盗撮をアピール。

その後、4月一杯は私の周知活動を煽る内容が多い。
以下は、それ以外の、私のノートの内容に対応したものである。

4月24日 私のノート
 今はカスミがかかり、謎になってしまったある秘跡を送ります。(略)この世では、誰も語るすべもない、そのことを。

4月25日 「折々の言葉」
 不在や不明にそそぐ愛こそが表現の基本だと思うのだけど。 田中泯
 人の生は「見えない事態、語られない言葉、現せない言動、飛び出さない衝動」に満ちている(略)

4月26日 私のノート
 何でも偽ることができるなら、何が私の本当だったのか。
 俺は嘘つきをやめるよ。おべんちゃらも心楽しませる妄言も方便も政治弁論も歓談も談笑も全て諦めて、事実だけ話すことにする。もうそれしかないんだ俺には!

 彼は偽りを止めるため、偽りを永遠のものにしたのだ。

4月26日 「折々の言葉」
 仮面の根源には、形態を変えるばかりでなく、本質までも変えてしまいたい、という欲望が存在する。 ジャン=ルイ・ベドゥアン
 仮面は本来、人がその姿形を変え、鳥やサルや羚羊といった異種へと変貌するためにあった。別の存在になりきり、それに満たされることで、自身の存在を修正し、その限界を超え出るために装着された。その仮面が現代では、人が身を隠し、偽るものへと退化していると、詩人・評論家は言う。


5月はあまり無し。



5月24日栗原類について、確信を持った書き込み
5月30日イギリスドラマによる集スト疑惑などについて話す

5月31日 「折々の言葉」
 二次的なものを見ずして、一次的なものを見よ。
 派生よりも基本に注目
(例によって先回りアドバイス。ここでは、栗原類に注目しろという意味か。彼は私と同じ苗字だし、あたかも私の真似をさせられているかのように無表情無感動でネガティヴである。検索すると、所属はバーニング系列。創価企業である。)





 その他にも何か引っかかることはありましたが、アカラサマなものを主に紹介しました。

 彼らの付きまといを止められる人間なんているのか?と思われてくる。
 まあ私も鈍感すぎるというか、ストーカーされ放題なところあるので、彼らもそれが分かっててやるんでしょうけど、ハラスメントというか、本当にスパイが工作ルートを使ってやるようなことばかりしてくる。盗撮器も見つからないし、深夜1時に書いたようなことが何故翌日すぐ反映されるのか。新聞はもっと早く編集完了しているものではないのか。(「新聞が出来るまで。」外部リンク)深夜一時くらいならまだOKなのか。
 急いで記事にさせたという見方をすれば、6月15日のコラムは、当時、朝日新聞が「加計学園」や「共謀罪」ばかりになっていて「私的な繋がり」を批判していたことから考えて、チェックが甘すぎた結果である。
 私が書いたのは「個人主義大国イラン」という本の感想だったので、気づかないでさっさと書いて通してしまったのか。ではやはり、私が深夜に書いた文章に対応する形だから、チェックが不十分なまま通したのか。


※追記

その後も仄めかしアピール。
このページをアップロードしたところ、翌日すぐ仄めかし。

6/24 朝日新聞の「折々の言葉」
 上手な職人が使用した道具というものは美しく残るものです。
               土田昇
 酷使せずここぞと言う時にのみ使ったから?丁寧に手入れされてきたから?良い道具は使う時に無駄な力が入らないから?いずれにせよ疎かに扱われなかったから。
 大事にとの思いは、道具職人の丹念で正確な仕事への敬意からくる。
 同じように建物や室内も、たたずまいからその空間が敬意をもって使われてきたかどうかがわかる。

 道具の使用方法について色々書いてるが、どれも「残った」ということ。
 私が「(盗撮器発見のために)机かエアコンを破壊すると面倒なことになりそうで恐ろしい」などと書いたので、古い家具に道具(盗撮器)仕込まれてると思わせたかったのだろう。

 それで盗撮器を探す気にならなかったので、その件をギャグにしてクソゲにしたところ、6/25も仄めかし

人間の心というものは、かかる大変に押し詰まった場合
において、なお幾分の空き地があるということが、
かえって甚だ悲しく思われた。    小出直重

 洋画家は子供のころより、つまらないことに遭遇すると途端に心の中でチャンチャンと囃子が鳴りだしたという。
 例えば算術の授業で、いくらの買い物をして釣銭がどうこうという問題が出たとき、釣銭なんかいらないよという思いとともに。
 が、父の臨終に遭ってもこの囃子が聞こえたときは、やはり少しこたえた。
               随筆「雑念」から。

私が6月22日に「苦しんでる」「緊急性」とか言ってたわりにギャグにしてるので、「心に幾分の空き地」があって「チャンチャンと囃子が鳴り出した」様子として仄めかされる。
 「父の臨終に遭ってもこの囃子が聞こえたときは、やはり少しこたえた。」とは、茶化してないでちゃんと悲しめということだろうか。いつものネガティヴ誘導と思われる。

※さらに追記

私が6/26に「自分自身が張り巡らした意味の網の中にかかっている」という記事に対して「その件についてはお互い様だろ」と書いて笑ったら、6/27の記事で「~(自分の悲しみについて)泣くけれども、人が自分とおんなしこと話すと笑うんですよ」となる点が私生活を盗撮してる仄めかしになっている。
https://twitter.com/callD15/status/879176809345990656
https://twitter.com/callD15/status/879537035320610816

その後、6/28の記事で「いったいどれだけの人が死ねば、あまりに多くの人を失ったと悟るのだろう。それは非業の死を告げる紙切れ?だが、落ちてきても誰も拾おうとせず、またどこかへ舞っていく。知らされても誰も正視せず、答えは宙に浮いたまま。」などとある件について、たぶん、今思えば掲示板などで広報した件について、「書き込んだけど無視されてら」と笑ってたんだろうが、その時は特に何も気づかなかったので放置したところ、6/29「通の客は最後まで一言も発しない」となる。
https://twitter.com/callD15/status/880233902215806976

7月以降は読売新聞に変えたので無し。




0 件のコメント:

コメントを投稿